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特急列車の車内設備のバリアフリー化の現状と課題

The present condition and problems
about "barrier-free" (accessible) of facilities for wheelchair passengers,
at all (limited) express trains in Japan.

半沢一宣 HANZAWA Kazunori


T.はじめに−筆者の問題意識

 筆者は、かつてJRで車内販売乗務員の経験がある。

 その当時、全国の特急列車では車いす対応座席や多目的室といった、いわゆる身体障がい者向けの設備を設置している車両は、喫煙(可能な)車両とされている列車がほとんどであった。そのため筆者は「たばこがきらいな車いす使用者が、車いす対応座席を利用したくてもできないのはおかしい」という疑問を抱くようになった。

 そこで筆者は、1999年から、車いす対応座席や多目的室の設置状況と、その設置車両が禁煙車かどうかを、全国規模で集計する調査を継続してきた(注1)

 その過程で筆者は「公衆電話や飲料自動販売機といった、本来すべての乗客のためのはずの設備(以下、本稿では「公衆設備」と記す)が、車いす対応構造になっていなかったり、車いす対応座席から遠く離れていたりするため、車いす使用者だけが利用したくてもできないのもおかしい」という、もう1つの疑問も抱くようになった。

 JR各社とほとんどの私鉄には、身体「障害」者手帳の交付を受けている人と、障がいの重さによってはその同伴(介助)者1名も、運賃(乗車券)を5割引とする制度がある。ところが、それ以外の料金(特急券など)については割引制度がない。つまり、車いす使用者などの障がい者は、特急用車両の公衆設備の設置・維持管理に係るコストを、いわゆる「健常者」と公平に負担しているにもかかわらず、自分たちだけがそれらの公衆設備を利用したくてもできないという不利益=差別を受けている理屈になるわけである。

 これらの問題はいずれも、車いす使用者にとっては鉄道利用時の疾病予防や利便性、すなわち「(公衆衛生上の)安全(注2)、(付帯設備が充実した)快適な移動」が妨げられているという意味において、交通権の侵害であると考えられる。

 そうした中、筆者は2006年、産業医科大学(福岡県北九州市)健康開発科学教室の大和浩教授から「受動喫煙対策にかかわる社会環境整備についての研究」(注3)の一環として、全国の特急列車、特に私鉄有料特急における受動喫煙発生状況についての情報提供と、調査への協力を依頼された。そこで筆者は、私鉄だけでなくJRも含めた全国の有料特急列車等への乗り込み調査を実施し、その際喫煙車や喫煙コーナーの設置状況と共に、各種公衆設備の正確な位置関係と、それらが車いす対応構造かどうかに関する調査も、合わせて実施した。

 本稿では紙幅の関係で(身体障がい者のみを対象とした狭義での)バリアフリーに絞って調査結果の一部を紹介し、合わせて公衆設備の配置を含めた列車編成はいかにあるべきかについて、考察と提言を試みたい。


U.全国調査の概要

1.調査対象

 運賃(乗車券)以外に追加料金(特急券、座席指定券、乗車整理券など)が必要な、全国の全列車を調査対象とした。一部の車両のみ追加料金が必要な列車(JR四国・瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」及び名古屋鉄道と南海電気鉄道の一部指定席の特急)も調査対象に含めた。ただし、寝台専用列車とSL列車は調査対象から除外した(いずれもほとんどが、車いす対応設備のない車両で運転されていることが明らかなため。ただし、車いす対応設備があることが判明している一部の列車は調査対象に含めた)。

 これらの列車への乗り込み調査は、定期列車については2006年11月から2007年4月までの間にほぼ完了し、その後は週末運転や季節運転など準定期的な列車を中心とした補充調査を継続中である。

2.調査内容

 以下の各設備の正確な位置関係と、それらが車いす対応構造かどうかを、営業列車への乗り込み調査によって明らかにした。

@車いす対応座席又は車いすスペース(席番及び進行方向どちら側かを含む←調査結果を将来的に車いす使用者への車窓案内などに応用することも考慮した)

A多目的室

Bトイレ(オストメイト(人工肛門使用者)対応かどうかを含む)

Cベビーベッド(おむつ交換台)

D洗面所

E公衆電話

F飲料自動販売機

G喫煙コーナー(デッキへの灰皿設置の有無を含む)

H売店・車内販売準備室

I車掌室

 このうちHとIは、かつて筆者自身も悩まされた、列車乗務員の受動喫煙被害の実態を明らかにする目的で、調査項目に加えた。

 なお前述のとおり、本稿ではこれらのうち@〜Fを中心に取り上げる。


V.列車内の各公衆設備の略史と、バリアフリー化の現状

1.車いす対応座席・車いすスペース

【写真@】京成電鉄AE100系「スカイライナー」C号車の車いす対応座席の肘掛けを跳ね上げた状態。実際には通路向きに回転させることもできる。座面にシートベルト、脚台に車いす固定ベルト(矢印@)、窓下に非常通報ボタン(矢印A)が見える。(2003年ごろリニューアル改造のAE164で撮影)

【写真A】名古屋鉄道2200系(一部特別車編成)の特別車の車いす対応座席を通路向きに回転させた状態。脚台に車いす固定ベルト(矢印@)が見える。壁面の非常通報装置(矢印A)は対話式ながら、座席の向きによっては手が届かなくなるのが難点。2000系「ミュースカイ」(全車特別車編成)の車いす対応座席も同一構造。(2007年製造のサ2255で撮影)

【写真B】秋田内陸縦貫鉄道の急行「もりよし」用AN−2001(2001年製造)の車いすスペース。跳ね上げ式の補助席は急病人休憩用ベッドの代用にもなり、カーテンを閉めれば授乳やおむつ交換にも利用できるなど、多目的室的な機能を兼ね備えた、他に類例のない構造となっている。

 1976年9月に東海道・山陽新幹線で就役した0系37形1000代車(H号車、ビュフェ合造車)に、後述する多目的室と共に設置されたのが、車いす対応座席の始まりである。

 いわゆる「交通バリアフリー法」(注4)で、鉄道車両にも車いす対応設備の設置が義務づけられるようになったのは、2000年からである。しかし、実際にはJR発足以降に各鉄道事業者の独自の判断で、JR在来線や私鉄の特急車両にも車いす対応座席が設置されるようになった。

 車いす対応座席は、隣に車いすを(折り畳んで)留置しながら通路幅を確保する関係で、新幹線を除き1人掛けとされている。その特徴は、以下の4点である。

@車いすから(へ)の乗り移りの便に配慮し、通路側向きに回転でき、又は/及び肘掛けを跳ね上げできる構造とされている(注5)(一般の席は通常、窓側向きに回転する)

A高速バスと同様のシートベルトが設置されているものもある

B車いす固定用のベルトが、脚台や肘掛け付近に取り付けられている

C座席付近に非常通報装置が設置されている場合が多い(対話式のものと、そうでないものがある)

 車いす対応座席を設置した車両は、季節や時間帯によって指定席と自由席の比率が変わる列車であっても、指定席車とされるのが原則である(注6)。ただし、JR東海「南紀」とJR四国の全列車では自由席車とされている(注7)。このため、混雑時には(先に着席していた健常者が利己的で頑として譲らなければ)車いす使用者が車いす対応座席を利用できない可能性があるのは、問題と言えよう。

 車いす対応座席は、近接する同伴(介助)者用の席と共に、原則として一般客には発売しないよう、座席予約システムでは別枠で管理されている。ただし、車いす使用者からの予約が入ってない場合には、当日朝ごろから一般売りする会社が多い。このため、急な乗車のときには車いす使用者が車いす対応座席を利用できない可能性がある(注8)


2.多目的室

【写真C】秋田新幹線「こまち」用E3系J号車の多目的室。左手前の腰掛け(矢印@)を跳ね上げると車いすのまま入室できるスペースになり、右奥の腰掛け(矢印A)の座面と背ずりを引き出せば左手前の腰掛けと組み合わせて簡易ベッドとなる。(1995年製造のE311−1(R1編成)で撮影)

【写真D】山陽新幹線700系「ひかりレールスター」F号車の多目的室のドアに貼られている案内表示のステッカー。点字での案内も見える。同じ東海道・山陽新幹線でも「のぞみ」用700系や500系・N700系では、文面がそれぞれ微妙に異なっている。(2000年製造の725−7708(E8編成)で撮影)

 1974年4月に東海道・山陽新幹線で就役した0系27形(F号車、食堂従業員控室及び車内販売準備室付き車両)で、車いす使用者用の個室として設置したのが始まりである(注9)

 車いすのまま入れる広さを確保すると同時に、座面と背ずりを引き出し別の腰掛けと組み合わせることで簡易ベッドを構成できる構造としている。JR発足後には、車いす対応座席とセットで在来線特急車両にも設置する動きが広まり(JR東日本での485系電車リニューアル改造に伴う設置を含む)、後に急病人の休憩や授乳・おむつ交換などでの利用も認める方針が定着した(注10。通常は施錠されており、利用したい際に車掌に申し出て解錠してもらうのが原則である。

 このように、存在価値が高い多目的室ではあるが、編成両数が短い列車では設置されていない場合が多く、私鉄には設置例が皆無である(注11。また、設置されていてもその存在や用途・利用方法などを乗客に周知しているのは、東海道・山陽新幹線(300系を除く)とJR北海道・JR西日本の一部の列車程度である。それ以外では、多目的室を本当に必要とする乗客の利用を妨げている、以下に列挙する不適切な運用例が目立つのが現実である。

@何も表示がなかったり「業務用(室)」と表示したりすることで、その存在の周知を怠っている(新幹線を含むJR東日本の各列車、JR四国8000系「しおかぜ」など)

A車内販売乗務員が商品倉庫に流用している=公衆用設備が業務用区画と混同されている(秋田新幹線「こまち」のJ号車、JR九州885系「白いソニック」のA号車。前者で【写真C】の撮影ができたのはこのため。また後者は、設計段階から車内販売準備室兼用とする前提で設置されたとみられる構造になっている)

B電話室兼用構造としている(JR九州885系「白いかもめ」のA号車)(注12

C施錠していないため、混雑時間帯を中心に自由席代用利用が常態化している(JR九州787系「リレーつばめ」「有明」などのA号車)

D一般の高齢者に個室代用として発売してしまうため、授乳で利用しようとした別の乗客と競合してしまう(東海道・山陽新幹線N700系の調査時に筆者が実見)

 これとは別に、多目的室が設置されていない列車で、近年の禁煙拡大によって廃止された喫煙ルームを携帯電話通話用などのフリースペースに転用しているものが、全国各地に見られる。これらの中には、多目的室に改造・使用するのに十分な広さがあるものが少なくない(JR北海道キハ261系「スーパー宗谷」、JR西日本キハ187系「スーパーいなば」、JR九州787系「有明」、同885系「白いかもめ」「白いソニック」など)。このような転用改造も積極的に実施すべきであろう。また東海道・山陽新幹線では、N700系では喫煙コーナーの一部を、700系などでは使用していない車内販売準備室(BN号車)を、それぞれ多目的室に転用改造することも考えるべきであろう。


3.トイレ、洗面所

【写真E】東海道・山陽新幹線N700系J号車の車いす対応トイレ。ベビーベッド(矢印@)とベビーチェア(矢印A)をセットした状態。オストメイト用設備はベビーベッドの左側にある。喫煙すると火災報知器(矢印B)が作動する旨の注意書き(矢印C)も見える。(2007年製造の786−3703(JR西日本保有N3編成)で撮影)

【写真F】JR東海・JR西日本285系「サンライズエクスプレス」AH号車の車いす対応洗面所。間口が広く、足元に蹴り込み用の空間が確保されている。(1998年製造のサハネ285−202(JR西日本保有I2編成)で撮影)

【写真G】JR西日本「しらさぎ」用683系B号車の車いす対応座席最寄りデッキの洗面所と公衆電話。電話を車いす対応構造としている一方で、洗面所は車いすでは利用できない狭い構造と、バリアフリーへの配慮に一貫性がない車両設計が行われている。(2003年製造のサハ682−2210(S10編成)で撮影)

 車いす対応座席設置車両では、トイレも車いす対応構造とされているのが原則である。しかし、トイレが車いす対応であっても、その最寄りの洗面所が車いす対応構造でない車両は、全国的に数多く存在している。

 やはりJR発足後、主に車いす対応トイレを中心に、ベビーベッド(おむつ交換台)やベビーチェア(親が用を足す間、乳幼児を腰掛けさせておくことができる折り畳みいす)を併設する車両が一般化してきた(注13。このうちベビーチェアは、ベビーベッドに転落防止用ベルトを取り付けることで兼用できるためか、2000年代に入ってから就役した車両では、設置例が減少傾向にある。

 一方、鉄道車両へのオストメイト対応トイレの設置は、2007年7月1日に就役した東海道・山陽新幹線「N700系」が初の事例となった(注14。これは、J号車の車いす対応トイレに限り、関係する設備を併設したものである。つまり、一般の公共施設で普及が進んでいる「多機能トイレ」の思想が、ようやく鉄道車両のトイレにも導入され始めたわけである。


4.公衆電話

【写真H】東海道・山陽新幹線500系K号車の電話室。他の号車の電話室に比べて間口が広く、電話機設置台の位置(高さ)が低い。(1997年製造の527−702(W2編成)で撮影)

 列車公衆電話の元祖は、1958年の近鉄特急である。これは交換手を経由し、通話範囲も限られるなど、今日から見れば極めて限定的なサービスでしかなかった(注15。新幹線にしても、1989年までは似たような状況であった(注16

 今日一般的に見るスタイルの列車公衆電話は、NTT〜NTTドコモによる携帯・自動車電話用の基地局の増設が進んだことにより、JR発足後にテレホンカード式のものが普及し始めたものである(新幹線では以前から専用回線方式)。その後、携帯電話の普及に伴い公衆電話の需要が減ったため、既設の公衆電話の全部又は一部を撤去する列車が増えている(注17。しかし、新車では標準装備として設置される例がまだまだ多い。

 公衆電話(室)を車いす対応構造とした車両は、東海道・山陽新幹線ほかJR西日本に多いのが特徴的である。このうち681・683系「サンダーバード」では、基本6両編成と付属3両編成のそれぞれに車いす対応座席と電話が設置されているが、683系の付属編成(2001年以降に新製されたもの)ではF号車の電話が車いす対応構造であるにもかかわらず、G又はH号車の車いす対応座席からは通路幅の関係でアクセスできないという、仏作って魂入れずのちぐはぐな設計となっている(「しらさぎ」用683系2000代、及び北越急行が保有する「はくたか」用683系8000代の各付属編成でも同様)。

 また、九州新幹線「つばめ」の公衆電話は、日本テレコム系のためNTTのテレホンカードが使用できない(「つばめ」専用のプリペイドカードが必要)という、互換性上のバリアがある。九州新幹線全線開業=山陽新幹線への直通運転開始までには、是正される必要があろう。


5.飲料自動販売機

【写真I】東海道・山陽新幹線700系J号車の飲料自販機。他の号車のものも、また車両の製造年次にかかわらず同一形態。(2004年製造の726−749(JR東海保有C50編成)で撮影)

 鉄道車両への自販機搭載は、私鉄のほうが先行していた(注18。旧国鉄では、車内販売で対応するのが基本方針だったためである(注19。しかしJR発足後は、当時のバブル景気に後押しされた車内サービス向上の要請から、また車内販売員が乗務しない時間帯・区間(通勤ライナー列車など)での対策として、新造車両はもちろん国鉄型車両にも自販機搭載が一般化するようになった。

 しかし、鉄道車両に搭載された自販機には、車いす対応構造と思われるものは見当たらない。鉄道車両に自販機を搭載するには大きさや重量に制約が生じる可能性があるうえ、構造も特殊となる関係で製造コストが割高となる一方、商品の収容量が低下することなどから、採算性(営業効率)に難があるためではないかと推察される。

 自販機メーカーの業界団体である日本自動販売機工業会によれば、JR東海が2002年に新幹線700系車両用として某メーカーに発注したもの(写真G)が、鉄道車両用としては唯一の車いす対応自販機の納入実績であるとみられるとしている(注20。しかし、この自販機の構造は、同会が2000年4月に作成した「飲料・たばこ自販機バリアフリー設計ガイドライン」(図@)の基準を満たしていない。しかも、2007年に就役したN700系車両に搭載された自販機は、明らかに車いす非対応の一般的な構造のものに後退してしまっている。


【図@】日本自動販売機工業会が制定した「飲料・たばこ自販機バリアフリー設計ガイドライン」。(同会作成のパンフレット「自販機バリアフリーデザイン」より)


W.車いす対応座席を基点に見た、主な列車における公衆設備の配置状況

1.東海道・山陽新幹線700系(図A、主に「のぞみ」として運転)
−バリアフリーへの配慮がある部分とない部分が混在した列車の典型例

←博多                                東京→

【図A】東海道・山陽新幹線700系J号車(左)とK号車(右)の見取図

 製造初年は1997年で、JR東海保有車(C編成)とJR西日本保有車(B編成)は共通設計とされている。車いす対応座席はJ号車のK号車寄りにある。

 トイレ・洗面所はいずれも直近のデッキにあり、かつ車いす対応構造なので問題ない。ただし、16両編成中でJ号車のトイレのみ、ベビーベッドが設置されていない。

 電話室はK号車のJ号車側デッキのものが車いす対応構造だが(写真Hとして掲げた500系のものとほぼ同一構造)、車いす対応座席からの往復には連結部の乗り越えが必要で、これがバリアになる可能性は否定できない。また、車いすのまま入ってドアを閉め中で通話できるほどの広さはないため、ドアを開けたまま車いすの前半分だけを電話室に突っ込んだ状態でしか通話できない。

 自販機はJ号車のI号車側デッキにあるが、通路幅の関係で車内専用の車いす(バギー、車いす対応トイレの横の壁に折り畳んで収納されている)を使用しないと往復できないうえ、自販機それ自体も車いす対応構造とは考えにくい(写真I)

 特筆すべきは多目的室で、用途や利用法などの詳しい案内を記したステッカーが貼られており、この点は高く評価できる(写真Dとして掲げた「ひかりレールスター」のものとほぼ同様)。


2.JR西日本・JR東海285系「サンライズ出雲・瀬戸」
−国内初の車いす対応寝台列車

【写真J】285系「サンライズエクスプレス」の車いす対応個室寝台のベッドの一部を跳ね上げ、車いすが入れるスペースを作った状態。(【写真F】と同じサハネ285−202で撮影)

 2階建て個室寝台を主体とする専用電車として、1998年に上記2社が共同製作した。

 A号車及びH号車の@G号車寄りの平屋部分に、デッキから直接入室できる形で、車いす対応の2人用個室が設置されている。室内は上下2段ベッドで、同伴者は室内の階段を使って上段を利用することになる。下段ベッドは一部が跳ね上げ可能で、ここに車いすのまま入室できるほか、ベッドを元に戻しても階段との間に車いすを折り畳んで収納できるだけのスペースが確保されている。ただし、折り畳めない電動車いすはデッキに留置するしかない。

 最寄りのデッキには、車いす対応構造のトイレ(ベビーベッド有)と洗面所(写真F)が設置されている。しかし、電話・自販機・シャワー室などはすべてBI号車のCJ号車寄り(ミニロビーの隣)に設置されており、いずれも車いす対応構造でないのに加えて、途中の階段の存在や通路幅の狭さなどのため、車いす使用者の利用は不可能である。

3.西武鉄道「ちちぶ」「むさし」「小江戸」(図B、10000系「ニューレッドアロー」)
−公衆設備はどれも車いす対応座席から行けるところにあるのに…

【図B】西武「ニューレッドアロー」@号車の見取図。(『西武時刻表 第20号』p.7、西武鉄道株式会社、2007)

 製造初年は1993年で、車いす対応座席は@号車のA号車寄りにある。

 トイレ(ベビーベッド無)・洗面所・電話・自販機はすべて@号車の車いす対応座席最寄りのデッキに集中配置されているが、トイレ以外はいずれも車いす対応構造でないのが惜しまれる。


4.南海電気鉄道「こうや」「りんかん」(31000系、図C)
−トイレさえ車いす対応でない、車いす使用者に全くやさしくない列車

【図C】南海31000系B号車(左)とA号車(右)の見取図。左が難波方、右が橋本・極楽橋方。(南海電鉄HPより)

 1999年に1編成だけ製造された。A号車の@号車寄りに、通常の座席1脚(2席)を撤去した広さに相当する車いすスペースがある。

 トイレ・洗面所・電話はいずれもB号車に設置されており、通路幅の問題に加えてそれぞれの構造が車いす非対応のため、車いす使用者はトイレさえ利用したくてもできない(バギーが搭載されていない点も含め、同社の他の特急車両も同様)。自販機は車いすスペース最寄りのデッキにあるが、車いす対応構造ではない。更に@号車が喫煙車であることから、車いすスペース付近では受動喫煙が発生しやすい(注21

 なお、同じ「こうや」「りんかん」用でも、1983年製造の30000系車両(1999年にリニューアル改造、2編成)には、車いすスペースが設置されていない。


X.バリアフリーの視点から考えた、望まれる列車編成(設備配置)の姿

 これまでに記してきた問題点を踏まえたうえで、車いす使用者であってもすべての公衆設備を有効活用できる特急列車であるためには、どのような列車編成(設備配置)にする必要があるかについて、考察してみたい。

 この問題を考えるときに肝要なのは「車いす生活で、人工肛門と心臓ペースメーカーを使用していて、更に乳児を連れて乗車」など、考え得る限りのあらゆるハンデをすべて併せ持った人の乗車を想定した対策が必要だということである。そうでないと、実際に複数のハンデを併せ持った人が乗車するとき、そのハンデの組合せによっては、その人の交通権が保障できなくなる事態が生じ得るからである。

 そう考えると、西武鉄道「ニューレッドアロー」のようにすべての公衆設備を車いす対応座席最寄りのデッキに集約し、なおかつすべてを車いす対応構造とする必要があることになる。また、車いす使用者が車掌や売店に用ができた場合のことを考えると、車掌室や売店を設置する場合には、それらも車いす対応座席最寄りのデッキに配置する必要がある。

 また、これらの設備は隣接する2両に分散配置するのでなく、1両に集中配置する必要もある。車いすで連結部を乗り越えるのを強いるのは安全上好ましくないのと、列車編成の組替えが必要になったとき一部の設備が車いす対応座席からアクセスできなくなる事態を未然に防ぐためである。

 更に、この場合の車いす利用とは(折り畳み可能な)手動の車いすだけでなく(折り畳み不可能な)電動車いすでの乗車も想定する必要がある。したがって、客室内の通路幅を確保するため、電動車いす置場と兼用できる大型荷物置場の設置も必要と考えられる。

 これらの条件を、JR在来線(新在直通のいわゆる「ミニ新幹線」を含む)や主な私鉄の車両限界(許容寸法)を前提としてすべて盛り込んだ車両をイメージすると、【図D】に一例を示したような構造になると思われる(必ずしもこのとおりでなければならないというものではない)。

【図D】バリアフリー完全対応車両の一例(先頭車とした場合の例)

 この「バリアフリー完全対応車両」(仮称)の欠点は、当該車両の定員が著しく少なくなることと、火災など非常時の車いす対応座席からの脱出経路の確保が困難なことである。

 このうち前者は、個々の設備が車いす対応構造とするためにより広い面積を必要とし、それらを集中配置することに起因する宿命である。このため、編成が長い(両数が多い)列車ではともかく、短編成の列車では輸送力確保とのバランスが問題となる可能性がある。そのようなケースでは、【写真B】(V−1を参照)のような多目的室兼用の車いすスペースの導入が、解決策の1つになるかもしれない。

 また後者については、東北・上越新幹線E4系(オール2階建て8両編成)E号車平屋部分の車いす対応座席が、D号車の車いす対応トイレへの通路幅を確保する関係で、結果的に2通りの脱出経路が確保されている以外、問題をクリアできている例がない。しかし、このような手法も座席数の減少を伴う(注22ため、必ずしも現実的とは言えない。これについては、今後関係者の知恵に期待するほかない。


Y.その他の改善すべき課題

 前章ではハード(車両構造=設備配置)面での改善策を考察したが、それ以外のソフト(営業・法令)面で改善が必要な問題点を、以下に指摘したい。

1.車いす対応座席の一般売りの廃止

 V−1(車いす対応座席の項)でも記したが、急用で特急列車に飛び乗る必要が生じ得るのは、車いす使用者も同じである。そのようなケースに備え、車いす対応座席(と同伴者用の隣接席)は一般売りするべきではない。鉄道事業者が、それによる営業上の損失の回避に固執するならば、車いす対応座席は車掌持ちの調整席(指定席の二重発売などに対応するための予備席)扱いとし、車内売りする場合は今日一般に行われているのと同様、車いす使用者が乗って来たら席を譲ることを条件とすればよいだけのことである。この場合、座席予約装置では前売りしない一般席の調整席を現状より多めに確保(発売を保留)し、車いす対応座席の予約が入っていない場合に限り、その一部を当日売りに回す方式とすればよい。

2.「バリアフリー完全対応車両」に係る法令の整備

 本稿の冒頭に記した問題、すなわち特急列車における公衆設備の配置や個々の構造が、車いす使用者の視点から見ると不適切な列車ばかりであるという問題は、国(国土交通省)が公衆設備のバリアフリー化に係る基準を定めるべき責務を怠り、各鉄道事業者に任せっぱなしにしているところに、根本原因があると考えられる。

 鉄道車両におけるバリアフリー設備の設置基準を定めた法令は「移動円滑化のために必要な旅客施設及び車両等の構造及び設備に関する基準」(平成12年11月1日運輸省・建設省令第10号)である。このうち、鉄道車両の構造に係るのは第29〜32条であるが、ここには車いすスペースと便所に係る規定しか出てこない。すなわち、この基準だけを見れば、トイレ以外の個々の公衆設備が車いす対応構造でなかったり、車いす対応構造であったとしても通路幅(注23の関係で車いす対応座席からアクセスできない離れた場所に設置されていたりしても、法令違反にはならないことになる。

 しかし、本稿の冒頭で記したように、特急列車の利用者の全員がその運転に必要なコスト(特急料金)を公平に(同額を)負担している一方で、車いす使用者など特定の利用者だけが車内の公衆設備を利用したくてもできない状態が放置されている現状は、明らかに「法の下の平等」を定めた憲法に違反した状態、すなわち車いす使用者に対する差別=人権侵害である。そもそも、この基準が制定された2000年には、既にトイレ以外の様々な公衆設備が全国的に普及していたのであるから、これらの公衆設備に係るバリアフリー化の基準を定めなかった(今日に至るもなお定めていない)国の不作為は、怠慢であるとしか言いようがない。

 確かに、耐用年数の長い高価な鉄道車両のすべてを代替したり改造したりするのは、容易なことではない。しかし、トータルでのバリアフリーの思想を無視した(公衆設備の配置や個々の構造が不適切な)特急列車がこれ以上増え続けてしまうのを防ぐためには、国が現行の法令の不備を補う対策(「便所以外にも何らかの公衆設備を設置する場合には、そのすべてを車いすスペースからアクセスできる場所に、かつ車いす使用者でも利用できる構造で設置しなければならない」旨の法令を整備、又はそれに準ずる通達を出す)を、速やかに講じる必要がある。


Z.おわりに

 本稿は、あくまでも「健常者」の視点からの調査・論考に過ぎない。したがって、車いす使用者でなければ気づかない問題点の欠落、更には健常者ゆえの誤解が、当然含まれているものと思われる。それらについて、今後車いす使用者からの忌憚のない意見をどのような形で求め反映させていくか、そのうえで筆者の全国調査の成果をどのような形で社会に還元して(鉄道界に改善を促して)行くかは、宿題として残されている。いずれにせよ、本稿で提起した問題が今後鉄道界で広く深く議論されるようになることを、筆者は願ってやまない。


【注】

注1
「特急列車の車いす対応座席・多目的室の設置及び禁煙化状況一覧表」として、1999年版から2006年版までを、筆者の知人提供のHP
http://www.geocities.jp/mgmlkos/hnzw/index.htm に掲載中。このうち2001年3月3日版を、拙稿「たばこがきらいな国民の交通権の現実」(『交通権』第18号所収、2001)にも収録。

注2
「公衆衛生上安全に移動できる自由」の概念については、筆者が上掲「たばこがきらいな国民の交通権の現実」のT章で「嫌煙交通権」として提唱している。

注3
厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)、2006・2007。
http://www.tobacco-control.jp/

注4
正式名称は「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(平成12年5月17日法律第68号)。

注5
通路向きに回転せず肘掛けも上がらないため、車いすから(へ)の乗り移りに不便が生じている列車には、JR東日本の山形新幹線「つばさ」用400系、常磐線「スーパーひたち」用651系、JR西日本の山陽新幹線「こだま」用0・100系がある。

注6
九州新幹線「つばめ」とJR北海道785・789系「スーパーカムイ」「すずらん」のみ、指定席と自由席の両方に車いす対応座席が設置されている(自由席は優先席扱い)。

注7
JR東海「南紀」では、車いす対応座席を予約制の「車いす優先席」として運用している(『JR時刻表』巻末「列車編成のご案内」)。

注8
「JRの営業案内」(『JR時刻表』ピンクページ)中「車イスをご利用の方の新幹線・特急列車利用法」には、車いす対応座席の利用申し込みは乗車日の2日前で締め切る旨の案内が記載されている。
なお筆者が確認できた範囲では、車いす対応座席を一般客にも発売するのはJR東日本・JR東海・JR西日本・JR九州・西武鉄道・小田急電鉄・名古屋鉄道であり、一般客に発売しないのはJR北海道と東武鉄道である(JR北海道では「みどりの窓口」で車いす対応座席の席番を指定しての発券が、乗車当日でもできない。また東武鉄道では、車掌が特急券不所持の飛び乗り客に車いす対応座席を車内売りする場合がある)。一方、近畿日本鉄道では、ベビーカー使用客からの希望があれば、車いす対応座席を発売する。

注9
37形1000代車を連結後は、27形の多目的室は車掌室代用とされていた(筆者の実見による)。

10
半沢一宣「新幹線の『多目的室』の有効活用を」に対するJR東海からの回答、『鉄道ジャーナル』1996年12月号p.154、鉄道ジャーナル社。

11
東武鉄道に乗り入れるJR東日本485系電車にのみ設置例があるが、中間車の業務用室を授乳などに用途を限定して転用したものであるため、簡易ベッド設備はない。

12
公衆電話室と携帯電話通話スペースとの間の仕切り壁を跳ね上げると、急病人休憩用の簡易ベンチになる。ただし、目隠し用のカーテンは設置されていないため、授乳などでの利用は難しい。

13
上越新幹線用E1系(オール2階建て12両編成)では、H号車のパウダールーム(女性用更衣室)内にもおむつ交換台を設置している。

14
2007年10月1日に就役したJR北海道「スーパーカムイ」用789系電車にも、簡易型オストメイト対応トイレが設置された。

15
『鉄道ジャーナル別冊 年鑑 '98日本の鉄道』表紙裏、鉄道ジャーナル社、1998。

16
新幹線の公衆電話は、1989年3月8日までは100円硬貨専用(発信・着信とも交換手経由)で、東海道・山陽新幹線では通話範囲が沿線都府県に限定されていた(東北・上越新幹線では開業当初から全国と通話可能だった)。翌9日からテレホンカード専用(発信は交換手不要)に変更され、回線数も東海道・山陽新幹線では全体で6→16回線と大幅に増やされた。なお、新幹線列車への着信通話扱いは、2004年6月30日限りで廃止された(須田寛『東海道新幹線』p.210、大正出版1989、及び「忘れられた?列車電話」、『鉄道ジャーナル』2004年12月号p.147所収、鉄道ジャーナル社)。

17
編成中の公衆電話がすべて撤去されたのは、JR四国と名古屋鉄道の全列車、JR東海371系「あさぎり」、同373系「ふじかわ」「伊那路」ほか、伊豆急行「リゾート踊り子」、JR東日本485系「白鳥」「いなほ」「北越」(残存している編成もあり)、智頭急行「スーパーはくと」(リニューアル改造に伴い現在順次撤去中)である。
また、複数設置されていたうちの一部が撤去されたのは、新幹線の各列車(注16で記した着信通話扱い廃止の後)とJR東日本首都圏地区の各列車である。このうち東北新幹線用E2系では、I号車の電話が車いす対応構造であったにもかかわらず撤去されてしまった(同じ構造の長野新幹線用E2系G号車の電話は存置されている)。

18
東武鉄道で1960年に就役した1720系「DRC」、及び1969年に就役した1800系「りょうもう」が、飲料自販機搭載列車の始まりと思われる。

19
東海道新幹線開業時、編成中に飲料自販機を搭載する計画があり、そのためのスペースを確保した車両も製造された(0系26形0代と後の1000代。偶数号車の一部に連結されていた)が、売店(0系35形車両にはビュフェ内に売店設備が併設されていた)乗務員が商品補充のため自販機まで往復する間に車内販売を行ったほうが効率的でサービス上も望ましいと考えられ、最終的に自販機搭載が見送られたという経緯がある(出典失念)。

20
JR西日本700系「ひかりレールスター」にも、ほぼ同じ構造の自販機が搭載されている。

21
禁煙車であっても、喫煙車又は喫煙コーナーが設置されているデッキに隣接している車両では、1972年に当時の厚生省が「事務所衛生基準規則」で定めた屋内環境評価基準(0.15mg/m3)を大幅に上回る粉じん濃度が、営業列車での測定調査時に検出されている。これは、客室とデッキとの仕切りドアの開閉時に(又は空調装置を介して)、喫煙車両のたばこ煙が隣接する禁煙車内に拡散・流入するのが原因であることが判明している(大和浩「受動喫煙対策にかかわる社会環境整備についての研究」2005年度研究報告書p.17)。

22
新幹線の普通車座席は3+2の横5列が原則だが、E4系E号車の平屋部分は2+2の横4列とされている。

23
「移動円滑化のために必要な旅客施設及び車両等の構造及び設備に関する基準」では、車いすが通行する部分に必要な通路幅を80cm以上と定めている。


その他の参考文献など(順不同)

・『鉄道ジャーナル』月刊、鉄道ジャーナル社

・『鉄道ファン』月刊、交友社

・『鉄道ジャーナル別冊 年鑑日本の鉄道』年1回刊、鉄道ジャーナル社

・『JR時刻表』月刊、交通新聞社

・『JTB時刻表』月刊、JTBパブリッシング

・『JTB私鉄時刻表』不定期刊、JTBパブリッシング

・『マイライン東京時刻表』月刊、交通新聞社

・『JR電車編成表 '05冬号』ジェー・アール・アール

・『私鉄の車両』シリーズ 保育社、1985〜1986

・国土交通省鉄道局監修『注解鉄道六法 平成17年版』第一法規出版、2005

・私鉄各社(東武、西武、京成、小田急、名鉄、近鉄、南海)発行の冊子体の時刻表及びHP

・社団法人日本オストミー協会HP http://www.joa-net.org

・日本自動販売機工業会HP http://www.jvma.or.jp


*本稿の基礎となった全国の特急列車等への乗り込み調査結果を基に作成した
「車内設備と喫煙車の関係(受動喫煙防止対策状況)がひと目でわかる、特急列車の編成表」
「特急列車の車内設備のバリアフリー化と受動喫煙防止状況の一覧表」、
及び各列車の公衆設備の設置状況を就役順の時系列でまとめた
「JR発足以降に就役した有料特急列車等における、各種公衆設備の設置状況一覧表」
は、筆者の知人提供のHPに「特急列車の車内設備のバリアフリー化と受動喫煙防止状況の情報」の題で掲載中。