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鉄道各社における「非常ボタン」の案内表示に関する調査

2007年2月〜2008年8月調査
文責:半沢一宣


解説

 私は2006年12月23日(土曜日)23時16分ごろ、JR東日本常磐線の上野23時06分発快速取手行き第2341H列車に乗車中、G号車優先席で注意しても携帯電話の使用を止めない相手とトラブルになった後、北千住駅の1番線ホーム上でこの相手に背後から飛び蹴りを食らわされ、ホーム上を逃走した犯人はドアが閉まる間際の同列車に飛び乗り、相手に逃げられてしまったという犯罪(暴力)被害を受けました。

 このとき私が被害を届け出た、同駅下りホームの7号車優先席の停止位置付近に立っていた輸送主任のK氏は「非常停止ボタンを押してくれれば電車を止めることができて、逃げられずに済んだのです」と、まるで暴漢に逃げられた責任は私が非常停止ボタンを押さなかったことにあるかのような説明をしていました。

 この「非常停止ボタン」とは、元々は2001年1月26日に山手線新大久保駅で発生した、ホームから転落した酔客を助けようとして線路内に飛び降りた別の乗客2名が列車にはねられ死亡した事故の再発防止策として、国土交通省が全国の鉄道事業者に設置を指示したものです。

 K氏は「暴力事件が発生したときは非常事態なのですから、犯人を逃がさないためなら非常停止ボタンを使ってくださって構いません」と語っていました。しかし、私は、この非常ボタンを、運転(人身)事故防止以外の目的で、すなわち具体的には犯罪発生時に犯人の逃亡を阻止するなど治安保持の目的でも使用してよい旨を利用者に周知する案内掲示を、これまでに見た記憶がありません。それどころか、むしろ処罰をほのめかし非常停止ボタンの使用をためらわせる掲示のほうが目立ちます。それでいて、犯罪被害が発生してしまってから「非常停止ボタンを使わなかったあなたが悪い(から犯人に逃げられたのです)」と被害者のせいにするのは、その場しのぎの責任逃れではないでしょうか。

 K氏の説明に疑問を感じた私は、全国の鉄道事業者で「非常停止ボタン」をどのような場合に使用してよいかの案内掲示がどうなっているかを、調べ始めてみました。その調査結果をまとめたのが、以下の表です。未調査の鉄道事業者についても今後順次調査を行い、表に追加していく予定です。

 これまでに調査した範囲では、本来の設置の目的である「人が線路上に転落したとき」以外の具体例を挙げている鉄道事業者は、未だ見つかっていません。むしろ、処罰をちらつかせて「非常停止ボタン」の使用を禁じようとする意図のほうが、より色濃く感じられます。「非常停止ボタン」を使用してよいケースに犯罪発生時が含まれるかどうかについては「など」とか「その他の場合」といったあいまいな表現に留めることで、鉄道事業者がその時々の都合でどちらにでも主張できる余地を残しているように解釈できます。

 うがった見方をすれば、鉄道施設内を含めた社会全体の秩序や治安の悪化が進み、利用者同士のトラブル(迷惑行為)に起因する暴力事件が後を絶たない今日にあっては、犯罪発生時にまで「非常停止ボタン」を使われると輸送障害(電車が止まる)件数の更なる増加を招き、別の意味で社会的批判が高まるため、それを避けたい鉄道事業者としては「非常停止ボタン」を使わせたくないというのが、本音なのではないでしょうか。

 要するに、JR東日本に限らない多くの鉄道事業者は、定時運転確保や鉄道施設内の治安に係る社会的メンツを優先させている結果、利用者の(治安上の)安全の確保に関して「くさいものには蓋」を決め込んでいると考えられるわけです。

 私には、鉄道に限らない公共の場の秩序と治安が日々悪化する一方であるにもかかわらず、各鉄道事業者や国土交通省の注意力が運転(人身)事故の防止にばかり偏重し、鉄道施設内の秩序や治安の保持については無責任を正当化しようとしている姿勢が、「非常停止ボタン」に関する別表の説明文にも反映されているように思われてなりません。

 鉄道の利用者が、これらの説明文からはたして非常ボタンを犯罪発生時にも使ってよいと理解できるものかどうか、ひいてはK氏の説明に正当性があると言えるものかどうかを、考えてみていただければ幸いです。